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zoom RSS 好意/豊島与志雄  続編

<<   作成日時 : 2013/06/24 14:44  

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吉岡は河野との対語に気疲れがしたせいか、うとうとと眠っていた。それで、敏子さんが八百円のことを彼へ話したのは、晩の六時半頃だった。
「私少しも知らなかったものですから、あなたにお聞きしてからと思いましたけれど、河野さんがあんまり仰言るので、何だかお気の毒のような気がしまして、一時お預りしておきましたが、どう致しましょう。受取っても宜しいでしょうか。」
 吉岡は差出れた洋封筒をちらりと見やって、それから眉根をしかめたまま考え込んでしまった。その様子が敏子さんの腑に落ちなかった。だいぶ待ってから、低い声で尋ねかけた。
「他に何か訳がありますのですか。河野さんはただあなたから借りたのだと、それだけしか仰言いませんでしたが……。」
「一体河野君はお前にどんなことを云ったんだい。」
 それで敏子さんは河野から聞いたことを――八百円の事件を――吉岡に話した。が吉岡は、そんな話はどうでもいいという風に、彼女の言葉を遮って尋ねた。
「どういうつもりで河野君は、今時分そんな金を拵えて返しに来たのか、そして僕には何とも云わないで、お前にそっと渡していったのか、そんなことについては何とも云ってやしなかったのかい。」
「いいえ別に……。ただあの時助けられたお影で、今はどうにか生活が立つようになったのだから、あなたにも安心して頂きたいと、そんなお話でしたわ。そして、つい話し込んで云いそびれたから、私へお渡ししておくと云って……。」
 そこで吉岡はまた黙り込んで、仰向に寝たまま天井を睥めていた。それが十分か十五分も続いた。敏子さんはどうしていいか分らなくなって、彼の枕頭に散らかってる画集や雑誌などを片付けた。すると、其処にぽつりと置き残されてる洋封筒へ、吉岡は急に片手を差伸して、中の紙幣を引出したが、暫くじっと見てた後に、苛立たしく投り出した。紙幣がぱっと乱れ散った。
「まあー。」
 呆気にとられてる所へ、怒った声で押っ被せられた。
「勝手にするがいい。」
 敏子さんは面喰った気持で、散らかってる紙幣をぼんやり眺めていた。そこへ看護婦がはいって来た。敏子さんは顔を真赤にして、紙幣をかき集めた。
「あら、どうなさいましたの。」
 不用意に発した言葉に看護婦も自分でまごついて、室の隅っこへ行って坐った。
 吉岡は一言も発しなかった。何か一心に考え込んでるらしい眼付で、じっと天井を睥め続けていた。暫くたって敏子さんが言葉をかけても、眉根一つ動かさなかった。病気が悪くなってから、彼のそういう執拗な不機嫌さに馴れていたので、敏子さんは強いて問題に触れないことにして、金を納めた洋封筒を帯の間に差入れた。
 それから三十分とたたないうちに、吉岡の蒼白い頬にぽっと赤味がさして、額に汗がにじんできた。看護婦が調べてみると、熱が高まって脈搏も多くなっていた。
「何かひどく興奮なすってるようでございますが……。」
 小声で看護婦からそう囁かれて、探るような眼付で見られると、敏子さんは訳の分らない狼狽を覚えた。腸に新たな障害を来してるので、大切な時期にさしかかってると、主治医から警告された矢先なので、猶更敏子さんは落付けなかった。
「何か気に障ることがありましたら、すっかり云って下さいよ。私で出来ることなら、河野さんにそう云ってやってもようございますし、何とでも致しますから。」
 看護婦の手前も構わずに、敏子さんはいろいろ尋ねかけて、彼の心を和らげようとしたが、彼は黙りこくって、一心に何やら考え込んでる様子だった。結核患者特有の敏感な意識と執拗な気分とで、内心の或る不愉快なものにじりじり絡みついていってることが、敏子さんにもはっきり見えてきた。それと共に、看護婦が妙に二人の間を距てるような気勢を示してきたことも、敏子さんの心を打った。



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